鈴木一史 代表取締役 / 左官職人

理屈の先にあった「瑞々しい空気」を塗る ―― 石場建ての現場から

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理屈の先にあった「瑞々しい空気」を塗る ―― 石場建ての現場から

伝統構法石場建て土壁の現場

私の住む神奈川県三浦半島。
そのエリアの葉山町にあります(株)藤本工務店さんが手掛ける「石場建て」の住宅。
コンクリート基礎を打たず、金物に頼らない。木組みで作る家づくり。
日本の風土に根ざしたその伝統工法は、建物というよりも、ひとつの生命体が大地に踏ん張っているような、不思議な力強さに満ちています。

ここで私たちが担うのは、竹小舞(たけこまい)に土を塗り重ねていく仕事。荒壁を塗り乾燥後、下地の不陸を直す大直しを塗り、さらに乾燥させて、中塗り。
今回は三層の工程を経て、壁の厚みを8センチ以上に仕上げていきます。

単に壁を作るのではなく、その空間の「質」を決定づけるキャンバスを描くような、静かな高揚感が現場には漂っています。

言葉にできない「なんだか知らないけど、いい」という直感

最近、先輩の左官職人と話していて、深く腑に落ちたことがありました。「左官の魅力を伝えるとき、最後に行き着くのは『なんだか知らないけれど、いいよね』っていう感覚なんだ」という話です。

もちろん、土壁には調湿機能があり、漆喰は二酸化炭素を吸収して硬化するなど、科学的な「良さ」はいくらでも挙げられますが、それ以上に
情報や、エビデンスに頼るのではなく、なんか良い。という感覚が確かなエビデンスなのかもしれない。
実際に藤本工務店様のモデルルームに入ったお客様は、「この空気感、いいな」と言って、決定される方が多いです。

皮膚が感じ取る、湿り気とも乾きとも違う、あの独特の静寂。それは数字やデータには頼らない、左官職人の手仕事だけが醸し出せる「気配」なのだと思います。

8センチの厚みがもたらす、潤いと静寂

伝統構法である石場建ての建築は、土壁自体が地震のエネルギーをいなすために柔軟で粘り気のある強い壁。という役割を担うのでその壁自体の厚みが非常に重要になってきます。
その粘り強い土壁のもたらす効果は、強度だけではなく空間の質を上げます。

1ミリ、2ミリの薄塗りの壁とは、明らかに何かが違います。音の反響が柔らかくなり、部屋全体の空気が落ち着きを帯びる。

土壁が湿度を調節する機能があるのだけど、ただカラッとしているのではなく、空間に潤いがある。
それは決して湿度の数字が高いということではなく、大地の懐に抱かれているような、生命にとって心地よい水分量を感じるということ。

8センチという厚みの中に蓄えられた土と水が、住まう人の呼吸と共鳴し、空間をゆっくりと整えていく。そのプロセスこそが、伝統的な土壁の真骨頂です。

「触れていたい」という本能に還る

土壁のワークショップを開くと、いつまでも土を触り続けている方がたくさんいらっしゃいます。「安全な素材だから」といった理屈ではなく、ただ「気持ちいいから」離したくない。

私たち人間は、もともと大地の上で生きてきた存在です。
土に触れ、その感触に安らぎを覚えるのは、ごく自然な本能なのでしょう。

そんな素材が、毎日を過ごす家の中に当たり前にある。

それだけで、人は鎧を脱ぎ、自分本来の「自然体」に戻れるような気がします。

次代へ手渡す、自然体の暮らし

中塗りで仕上げられた壁は、それ自体がひとつの風景です。かつてはこの上に漆喰や色土を塗って仕上げるキャンバスです。
ただその繊細で奥ゆかしい仕上がりも魅力ですが、土そのものの表情を愛で、その風景の中で暮らすというのも、今の時代に合ったひとつの贅沢かもしれません。

土壁の家を選択肢に入れること。

それは、エビデンスに縛られた現代の暮らしの中に、心地よい「余白」を招き入れることでもあります。

私たちが塗り込めた8センチの土が、これからこの家で営まれる歳月を、瑞々しく見守ってくれることを願っています。

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